7/2(月) 11:00
MADE in JAPAN [Ryo Miyaichi] U
■攻守を切り替える際の動きの質に課題がある
ボルトンの前にもエールディヴィジのフェイエノールトにローンに出されていた宮市は、またもローン移籍させられるのを嫌がるかもしれない。
結局のところ《本物》の評価を得られるのは、ビッグクラブでプレーした選手だけ。ワールドクラスと呼ばれる選手の価値は、プレミアリーグで上位争いを演じ、チャンピオンズリーグに出場する中でしか確立できないものだ。
しかし、前述したようにアーセナルでのレギュラー争いに挑んだ場合、現時点では「勝算が薄い」と言わざるを得ない。ここイングランドでの宮市の評価は、「攻撃面は(今後の伸びしろも含めて)大いに期待できるものの、プレミアリーグでコンスタントに活躍するには、戦術理解とフィジカルが足りない」というのが大半を占める。
ボルトンにおける宮市のデビューは鮮烈だった。卓越したボールコントロール技術とロケットスタートでDFを一瞬のうちに抜き去る。運動量も豊富で、自陣深くまで守備に戻った後でも動きが鈍ることがない。その上、積極的に仕掛けるプレーで攻撃を活性化させていた。彼の加入で、停滞していたボルトンは息を吹き返した。
ただ、これでは良い面ばかりを見ているに過ぎない。課題も少なからずあった。まずは攻めから守り、守りから攻めに移る際の動きの質。スピードもスタミナもあるが、それをチーム戦術の中で最大限に発揮できていたわけではない。これはチームの問題であると同時に、彼自身の問題でもある。ボールを持てば恐れを知らぬ宮市も、ボールのないところでは迷いがある。そのため、一度試合の流れを見失うと、そのまま置き去りにされて、消えてしまうケースが目立った。
また、相手DFとの駆け引きにも向上の余地がある。ボルトンでのデビューから1カ月ほどは自由にプレーさせてもらえたが、その派手なドリブルは当然ながら警戒される。すぐに研究され、対策を打たれた。
終盤戦、対戦相手は激しいプレーで宮市を《削った》。
足首を狙った後ろからの蹴り、並走する時のひじ打ちなど、相手DFは宮市をラフプレーの標的とした。こうしたダーティーな対応は、「そうまでしてでも止めなければならない危険人物」と認められた結果ではあるが、その一方で、「あいさつ代わりの一発で意気消沈する小僧っ子」と見られてしまったことも意味する。トップレベルでプレーするには、荒っぽいプレーにも対処しなければならない。ラフプレーをうまくかわすことはスキルの一つであり、宮市にとってはすぐにでも身につけなければならないものだ。
また、ボルトンでの半年間で1ゴール2アシスト(編集部注:ゴールはFAカップのミルウォール戦で挙げたもの)という数字も、攻撃面でエース格と見なされるためには十分でない。いくらスペクタクルでも、目に見える数字を残せなかったことは大きな課題と言える。
停滞したボルトンの攻撃陣にあって孤軍奮闘していたのは事実だが、ラストパスやフィニッシュといった、ゴールに直結するプレーの精度を更に高める必要がある。
ここまで多くの課題を挙げたが、宮市が魅力溢れる若手であることは、ここで改めて述べておきたい。あれだけのスピードを誇り、両サイドをこなせる宮市は、現代サッカーではかなり貴重な存在だ。両足を使えるためプレーのバリエーションが多く、相手DFとしては対処が難しい。この点は今後も宮市のストロングポイントであり続けるだろう。
ただ、ボルトンで散見された課題は、アーセナルに行けば致命的な欠陥となり得る。実戦の中で経験を積み、課題を克服するとともに、戦術理解やフィジカルを強化するためにも、宮市は新たなローン移籍を受け入れるべきではないだろうか。
もちろん、ローン移籍すると決めつけたわけではない。ヴェンゲルがフェイエノールト、ボルトンで経験は十分に積んだと判断する可能性もある。自分の手元でその潜在能力を100パーセント開花させる……育成志向の強い指揮官にとって、宮市ほど興味をそそる《素材》はないはずだ。
それでも私としては、アーセナルにとどまることはリスクが高いと思う。
トップチームに籍を置いたとしても、その序列が低いのでは、カーリングカップやFAカップを主戦場とし、ごくたまにやって来るプレミアリーグでの出場機会を待つことになる。それは今後のポジション争いの行方を見なければならないが、いずれにしても重要なゲームで常時出場する地位には手が届きそうにないのだ。
ローン移籍を経験したことで大きく羽ばたいた選手の例はいくつもある。ジャック・ウィルシャーを筆頭に、マンチェスター・ユナイテッドではダニー・ウェルベックがサンダーランドへ、トム・クレヴァリーがウィガンへローンに出され、そこで貴重な実戦経験を積んで潜在能力を開花させた。同じようなことが、今の宮市にも必要なのではないか。
ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督は、ローン移籍から戻ったウェルベックやクレヴァリーを、「少年として旅立って、男になって戻って来た」と表現した。次の12月でようやく20歳になる、この世界ではまだ「少年」の宮市にも、同じように成長する可能性があるはずだ。
■肉体的にも精神的にも更にタフになること
ボルトンの降格が決まったプレミアリーグ最終節から10日後の5月23日、宮市はアゼルバイジャンとの親善試合で後半途中からピッチに立ち、日本代表の初キャップを記録した。
彼の希望ははっきりしている。アーセナルの一員として、6万人収容のエミレーツ・スタジアムでプレーすることだ。宮市は「アーセナルで一番の選手、試合でチームを動かせるような選手になりたい」と話す。だが同時に、「ピッチに立って残留に貢献したかった。降格はすごく残念だった」と、機会を与えてくれたボルトンへの思いも語っている。
宮市を新シーズンもローン移籍させる場合、アーセナルはボルトンとの交渉を最優先すると見られている。1シーズンでのプレミア復帰を目指すコイル監督は、故障により長期離脱を強いられていた韓国代表のイ・チョンヨンが戻る来シーズンも、宮市をキープしたい意向である。
「ぜひとも戻って来てほしい。意欲のある若手だし、そういう選手こそ新シーズンの我々に必要なんだ」とコイル監督は言う。「既にアーセナルとは話をして、こちらの希望を伝えた。まだオフシーズンは始まったばかりだから、どういう結果になるか楽しみに見守りたい」
もし宮市がボルトンに戻ることになれば、間違いなく大歓迎されるだろう。チャンピオンシップ(イングランド2部)でのプレーは、本人にとって理想のシナリオではないかもしれない。しかし、彼に求められるのは、肉体的にも精神的にも更にタフになることだ。だからこそ、自身の将来について決断を下す際は、レギュラーへのこだわりを最優先すべきだ。たとえ格下のプレミア勢、あるいはチャンピオンシップのクラブに移籍しなければいけないとしても、そこでコンスタントに出場することのほうが、アーセナルでたまにプレーするよりも、長い目で見た時のメリットは大きい。過去には複数のプレミアリーグのスター選手が同じ道を歩んでいる。下部リーグでの経験は、より強靭な宮市を形作る血となり、骨となるはずだ。
宮市はワールドクラスの選手になれるだけの資質を持っている。アーセナルに残ろうと、再度ローン移籍しようと、そのことに変わりはない。ただ、そのずば抜けた才能に見合う選手へと順調に成長できるかは、本人の努力はもちろん、クラブの選択も重要になるだろう。新シーズンに向けた去就において正しい答えを出すことは、アーセナルにとっても、宮市本人にとっても、かなり大切になる。
キャリアをスタートさせたばかりの若手にとって、ステップアップは何よりも重要な観点となる。プレミアリーグで手応えを得た今となっては、2部でプレーする気分になれないというのも容易に想像できる。だが、慌てる必要はどこにもないはずだ。飛躍の準備のためにもう1年費やしても、宮市はまだ20歳なのだ。
今は試合にコンスタントに出場することで、トップレベルのフィジカルの強さやスピードに慣れることが先決だ。試合に出続けることができれば、ゲームをより深く理解できるようになり、戦術面でも成長できるだろう。
成功に続く道は最短ルートとは限らない。少し遠回りしたほうが、より高い地点に到達できる。サッカー界ではしばしば起こり得ることだ。
■宮市 亮 プロフィール
◇所属クラブ:アーセナル
◇ポジション:FW
◇生年月日:1992/12/14
◇出身地:日本(愛知県)
◇身長:183cm
◇体重:70kg
◇日本代表歴:1試合・0得点
持ち前の高速ドリブルを武器に世界に挑む“日本のスピードキング”。
1月にレンタル加入したボルトンで異彩を放ち、高校時代にヴェンゲル監督に見込まれた才能を証明した。
2月には日本代表に初選出された
◇現在までの所属クラブ
▼アーセナル(イングランド)
2010-11 0試合・0得点
▼フェイエノールト(オランダ)
11Jan. 12試合・3得点
▼アーセナル(イングランド)
11-12 0試合・0得点
▼ボルトン(イングランド)
12Jan. 12試合・0得点
(データは6月15日現在)
(記事提供:ワールドサッカーキング)